2010年11月24日水曜日

勝浦は今日も朝市だった その2〜第15回全国朝市物産展と  いんべやぁフェスタ

 

 全国朝市サミット総会翌日の11月6日朝早く勝浦朝市に出かけました。
 勝浦朝市は、 毎週水曜日の定休日を除き毎朝午前7:00〜午前11:30ごろまで開催されています。月はじめから15日までは下本町、16日から仲本町というように月の前後半で開催場所が替わります。
 その日は下本町でしたが、当日は「いんべやぁフェスタ」もあるからか、思いの外、出店者は少ないようでした。

 それでもお寺近くの通りに並ぶ晩秋の露店は、かつての名作映画「男はつらいよ」シリーズにでも出てきそうな日本の情緒と風情を感じました。たまたま試食して買った、わらび餅のお店のおじさんは(と言っても多分私とほぼ同年代)、勝浦が気に入って東京から引っ越してきたと言っていましたし、自分で海苔を作っているという女性は横浜かどっかの出身でした。
 惜しまれつつ終了した八戸の片町朝市を彷彿とさせる朝市です。
   
 9時からは勝浦市で恒例「いんべやぁフェスタ勝浦」と「第15回全国朝市物産展」とが併せて開催され、多くの来場者でひしめきあっていました。「いんべやぁ」とは地元の方言で「皆で一緒に行こうよ……」との意味だそうです。にぎやかなまちづくりをテーマとして開催される「いんべやぁフェスタ勝浦」は、市内最大の青空市場で、中央商店街には、地元の産物などを販売するおよそ130の出店が立ち並んでいます。
 メインステージでは吹奏楽などのイベント、商店街の大売り出しや豪華景品が当たるスタンプラリーのほか、大道芸も行われるなど華やかなものでした。
 
 
●勝浦朝市
 天正の時代から400年以上続いている勝浦朝市は、石川県の輪島・岐阜県の高山と並んで「日本三大朝市」の一つと言われ、年間20万人ほどが訪れているといいます。
 採れたての野菜や果物など山の幸や、漁港で水揚げされたばかりの魚介類などの海の幸の新鮮な食材のほか、自家製の漬け物・つきたての餅・赤飯・しおから・なまり節や干物などの加工品、竹細工・木工細工・わら細工など工芸品も店先に並べられています。
下本町(毎月1日~15日)
仲本町(毎月16日~月末)
出店時間 午前7:00~午前11:30ごろまで
定休日 毎週水曜日

2010年9月30日木曜日

十日市食堂の夜

9月になって一度もブログ更新していないことにはっと気づいた。
読んでいる人もいないだろうからと自分に言い訳したりしているが、ブログページに右側の更新カレンダーで9月の表示が飛んでしまうのがちょっと惜しい気がして、宿題忘れした中学生のようにあわててこれを書いている始末。
9月18日・19日にB−1グランプリin厚木が開催され、八戸せんべい汁研究所メンバーの一人として参加した。
優勝本命という予想だったが八戸せんべい汁は惜しくも第3位。
閉会式会場でその発表の瞬間は、「あ〜ここで名前がコールされるのか」と落胆したのが正直なところだった。
けれど少し時間をおくと、3年連続の第2位でシルバーグランプリ、第5回となる今年は第3位のブロンズ受賞というのは、やはり八戸せんべい汁には底力があるのだと思えるようになった。
今回も全国にむけて「八戸せんべい汁」をさらに強くアピールできたのではないか。
しかも同じ青森県内で「黒石つゆ焼そば」が第7位、「十和田バラ焼き」が第8位と、参加46団体中10位以内に3団体が入賞するというのは大健闘だ。
コラムニストで日本経済新聞特別編集委員の野瀬泰申さんが、ブログで「開催場所、時期が違っても常に上位に食い込む〈八戸せんべい汁研究所〉こそ、最強の団体と言えるかもしれない」と書いて下さっている。
入場者43万5千人とされる今回のB−1グランプリ厚木大会で八戸せんべい汁研究所は二日間で合わせて1万1千食をひたすら作った。
八戸から20数名が厚木入りし、首都圏の八戸出身者も20数名手伝いに来てくれたことはとてもうれしかった。
肝心のせんべい汁なのにせんべいが入っていなかったなどのクレームもあったりしたが、「私も八戸なの」とか「せんべい汁、応援しているからね」とか温かい言葉も多かった。
各地で出展する八戸せんべい汁研究所の活動でいつも思うことだが、各地で受ける八戸せんべい汁の人気の高まりと、地元の反応の温度差だ。
八戸せんべい汁研究所がどうのこうのという話ではない。
経済的にも、観光PRの面からもせっかくの商機を逃しているのではないかという気がするのだ。
トリオ★ザ★ポンチョスの『この街と』がB−1グランプリ公式テーマ曲に選ばれて、紅白出場も夢じゃないようにも思うし。
トリオ★ザ★ポンチョスのことで言えば、B−1グランプリでのその活躍、役割はとても大きい。
そのことの認識は、実際にB−1グランプリの現場にいた者しか分からないだろうことが歯がゆい気がする。
例えば前夜祭。B−1グランプリのテーマ曲を歌うと、続々と幟旗をもって各団体がステージに上がってくる。そして最後はみんなが「八戸せんべい」の曲をリクエストして合唱し踊るのだ。
その各地の出展者が一体感をもたせるトリオ★ザ★ポンチョスの力はすごいのだ。
その熱気とか感動がなかなかこの地元八戸に伝えられない。
この夏、はっちラボで写真展を企画したり、ホコ天で「八戸のうわさ」を仕掛けたアーティストの山本耕一郎さんも突然現れた。
結局、B−1グランプリ期間中ずっと手伝ってくれていた(大うちわを仰いでいる山本さん)。
タレントの十日市秀悦さんも二日目にブースに来てくれて、アイスを差し入れてくれた。
「ここで”せT”(八戸せんべい汁研究所スタッフのオリジナルTシャツ)を着ていないと逆に恥ずかしいなさ」とショシそうだった。

十日市さんと言えば、9月10日、11日に行われたはっちプレイベント「酔っ払いに愛を2010〜横丁オンリーユー・シアター」でのトークライブ「十日市食堂の出前箱」が忘れられない。
十日市さんは二日間、各30分全8回のライブ全てをテーマを変え想い出に残る長横町をトークで再現してくれた。
長横町で生まれ育った十日市さんのこの公演にかける意気込みが伝わるような素晴らしいライブだった。
記録スタッフとして参加し全8回のうち7回を観ることができたのだが、特に最終回は大盛り上がりを見せた。
その何回目かに酔っ払いのフリをした小林眞市長が、少し遅れて入場し拍手が起こった。
「酔っ払いに愛を」というテーマに沿って、市長の演技は本物のようにうまかった。
十日市食堂のトッチャは、イサバのカッチャと並ぶローカルなキャラクターになると思うのだがどうだろう。
ぜひまた再演を望みたい。

そんなこんなで9月も過ぎるのだけれど、9月はいろいろな意味でターニングポイントの月だ。
ふるさと雇用再生事業の八戸朝市・銭湯・横丁調査もちょうど期間の半ばだし、八戸リージョナルマガジン『ユキパル』第2号も明日10月1日に発行の予定。その配本作業あり、また12月に開催予定の「北のコナモン博覧会2010」の取材も始まっている。
新青森駅開業で東北新幹線全線開通に向けてまた様々なイベントもあるようだし、ちょっこし気を引き締めて、少しはまめにブログ更新しなきゃな(そう言えばついこないだ、ブロガーとして結構有名な「なかちっぱ」嬢に、「ツイッターにもっとつぶやいてよ!」と叱咤された)。
何でか、「十日市食堂の夜」というタイトルが思い浮かんだのでそのまま使うことにした。

2010年8月15日日曜日

『バガボンド』に読み耽る

 部屋の壁に、A全判の井上雄彦のマンガ『バガボンド』のポスターを貼っている。
 5月に仙台で「井上雄彦〜最後のマンガ展」を観た時、買ってきたもので、青年期の宮本武蔵の顔のクローズアップ。猛々しさは潜めてはいるものの、その鋭い眼差しは知らずに夜中に見たら怖いだろうと思う。

 ところで、タイトルに読み耽ると入れたところで、“本を”読み耽るだったか、“本に”読み耽るだったか、迷ってしまった。
 ネット辞書で調べた結果、元は“に”読み耽るが正しく、今はどちらでも可ということらしい。
 やっぱり言葉って難しい。
「強さとは、本当に強くなってみるまでは ただの言葉」とは、「最後のマンガ展」のパネル。
「ことばは海に似ている。底に何があるかは深く潜ってみなければわからない」とも。
 言葉から受け取る意味やイメージは人それぞれに違っている、ということは、目の前のリアルが見る側によってそれぞれ違っているということでもあると思う。

『バガボンド』は、吉川英治『宮本武蔵』を原作に井上雄彦が12年にわたり描き続けているマンガで、単行本で現在33巻まで刊行されており、31巻まで読んだ。
 原作を読んではいないのではっきりとは知らないが、佐々木小次郎を聾唖の美少年と設定したことや宝蔵院胤舜(ほうぞういん いんしゅん)、野武士の辻風黄平(つじかぜこうへい、だったか?)などのキャラが、ジャニーズ系だったり現代風イケメンになっていて、完全に井上ワールドの宮本武蔵になっている。

 最初は、セリフやト書きの少ない絵だらけのマンガだな(というのもおかしいが)、しばらくその面白さがイマイチ実感できなかった。 
『この世に俺の名を知らぬ者なし」というぐらい強くなりたいと願った武蔵は、ひたすら強い相手を求め戦っていく。
「生命のやりとり」である真剣勝負では、首が切られ胴が切られ腕が飛び散り、一瞬にして生と死が分かたれる。
「読むマンガ」ではなく「感じるマンガ」というキャッチコピーそのままである。

 一乗寺下り松の決闘として有名な武蔵と吉岡一門との戦いは、中村(萬屋)錦之助主演の映画(ビデオ)でも観た。
 武蔵はまず幼い大将の吉岡源次郎を一刀両断して相手の気勢をそぎ、一門の剣豪たちを次々と倒して吉岡道場を壊滅させたというのが通説のようになっている。
『バガボンド』では吉岡一門70人と地獄のような斬り合いをする。
 生き残った武蔵は、再起不能なほどの深手を右足に負うことになり、勝負の意味について煩悶し、己を見つめ直しはじめる。
 敗者は闘いの場から去り、勝者のみにとって闘いが続く。負けるまで延々と。
 武蔵は沢庵和尚から「70人も斬ることになるのは何かが間違っているとは思わぬか? 人の命とは?」と問われる。
「勝ったのはどっちだ?」
 と聞く武蔵に、沢庵和尚は答える。
「勝った者はいない、そうじゃないかね?」
(『バガボンド』第29巻)

 以前、NHK総合のドキュメンタリー番組『プロフェッショナル〜仕事の流儀』の井上雄彦をたまたま見たが、一言のセリフに何日もかける姿に驚嘆した。
 生きている実感がもっとも得られて昂揚することがゲームの中にあるならば、生き死にをかけた「真剣勝負」はその極限であろう。
 存在をかけた究極の勝負に武蔵は挑み、天下一の武士として世に出たいと願っていたのだ。

 今の時代、スポーツやビジネスで、戦争を比喩にして語られることは多い。
 今年は南アフリカで、サッカー・ワールドカップ大会が開催されたが、勝者とはチャンピオンとなったスペインの1チームだけであり、あとの全てのチームは敗者だという言い方ができる。
 甲子園での全国高校野球選手権大会にしても、今年頂点に立った優勝校が次の年の勝者であることは希有だろう。
 永続的な勝者などいない。 
 ビジネスの世界にあっても、ゼロサムゲーム化が著しく進行中のグローバル経済の中で勝者は一握りの巨大な世界企業であり、あとの二番手以下の企業は敗者にしかならぬのであろうか?
 ルールがあるのかないのか分からない資本主義の競争の果てに一体何が残るのか?
 経済素人ながら、最強を目ざして闘いの螺旋にもがく武蔵の姿に、つい重ねて考えてしまったのである。

 一方で、井上がこだわっているのは「リアル」だと思う(『リアル』という作品もあるが、読んでない)。
 目の前に相手が真剣をもって臨んできた時に感じる空気感、威圧感、恐怖感を紙の上で体験しているのではないかと思う。
 作者は途中で「画(筆)と肉体を一体化させる」として、ペンから毛筆の面相筆に持ち変えてマンガを描いているという。
 唐突だが、ふと、感覚(サンサシオン)に言葉は邪魔だと画家のアンリ・マティスが言っていたことを思い出した(確か『画家のノート』)。

 解説的なようなことを書いているようでだんだん嫌になってきたが、「真剣」に生きることへの問いと意味を『バガボンド』から考えさせられていることを書きとめておきたかっただけ。
「天下無双〜この世に俺の名を知らぬ者なし」として強くなりたかった武蔵は、命をかけた勝負に勝ち続けて有名になったが闘いには終わりがない。
 その先に何があるのかは、リアルに見る者だけが知りうる世界のように思う。
 沢庵和尚は武蔵に「帰る場所をつくれ」と諭す。
 武蔵は(井上は)、反論する。
「『帰る』場所ならもうすでに在るはず……これからつくる場所に……どうやって『帰る』?」(『バガボンド』第29巻)。
 遠いなぁ……。

2010年7月31日土曜日

ユキパル創刊しました。



お待たせ?
しました?
ようやく「ユキパル」第1号を発行しました。

A5サイズ全16ページという小冊子です。
書店で取り扱っているわけでもないから、なかなか目にする機会も少ないでしょうけど。
「八戸ローカルマガジン」「エリアマガジン」とかサブタイトルを検討しましたが、「リージョナル・マガジン」などと気張ったものにしました。
「地域雑誌」という意味です。
覚えた言葉をすぐ使ってみたくなっただけでした。
このページ数で定価200円。
このデフレ時代に、のっけから価格競争からは脱落しています。
量より質という方向性なのだと、見栄も張ってます。
内容は、特集「館鼻朝市の本格珈琲」として、「S.Roasteria」さん、ミニチュア工房ちびっつ@さんほかを取材掲載しました。
今号は創刊号なので、PR用に無料で手にすることもあると思います。
またWEBユキパルで近々、PDFで見られるようにします。
もし気に入るようであれば、次号からぜひお買い求め下さい。
取り扱ってくれるお店も漸次増やし、また書店販売も考えております。
本誌の配布普及に協力応援して下さる方、お店、企業を「ユキパル★ぱる(サポーターズ)」として募集しています。
試合に出て活躍したわけでもないけど、お立ち台で「応援よろしくお願いします!」と四方に手を振りたい気分です。


それにしても、この電子メディアの興隆期に何で今さら紙媒体なんだろう?
と自分でも考えてしまいます。
一応、iPadは、手に入れて使ってもいるので、その便利さ、面白さ、可能性は十分認めます。

ちなみにi文庫HDというアプリを購入した時は、個人的に衝撃でした。
インストールした途端に、画面の本棚に文庫の名作がずらり。
それを眺めただけで、すっかり読書欲が満たされてしまったけれど(夏目漱石だけで100冊がストックされている)。

もとい。
考えが、はっきりと整理されてはいないが、電子メディアができないことで、紙ができることを見たいということのような気がします。
バーチャル(virtual=仮想の)の反対語はリアル(real=現実的)ではなくて、フィジカル(physical=身体的)だそうだが、人類のコミュニケーションってもともと、アーとかウーとか声を発したり、身振り手振りの身体動作から始まったと思います。
そこがもっとも基本的で直接的な他者とのコミュニケーションの出発であれば、インターネットやケータイに以前の、文字や印刷技術の発明すらが、デジタル化の過程と言えるでしょう。

コミュニケーション手段の発達が、相互理解をしやすくしたのと同時に別な次元での誤解も生まれたのだと思います。
コミュニケーション手段の発達が、人類に幸福を導くものだったとすれば、世界の今の状況はなかったでしょうし。
やろうとすれば地球の反対側の人々とコンタクトがとれるような手段を得た反面、理解と同量の新たな無理解と錯誤をもたらしていることに気づいていないのではないか。
そんな感じがします。
必ずしも郷愁ではなくて、アナログ文化に愛着があるし、人間は本質的にデジタル(digital=非連続な)状態でいられるものなのか、懸念があります。

でもって、何を言いたかったかというと、今更原始人のようにアーとかウーとかという意思伝達には戻れないけれども(ちょっとやってみたい気がします)、コミュニケーションにおける機能の便利さを少しは疑っておいたほうがいいと、私の中のフィジカルが言っているのです。
で、紙媒体へのこだわりが残っている、と。
でも、紙媒体は、金もかかる媒体でもある、と。
だから協力して下さる方がいれば歓迎です、と。


今夜から、八戸三社大祭です。
「八戸三社大祭公式ガイドブック」も読んでみて下さいね。

2010年6月28日月曜日

それから、それから


今年こそ、すばやいブログ更新の誓いを立てたはずなのに…何と云うことだろう?
3月に書いたまま、すでに夏至も過ぎてしまった。
壮年老いやすくブログ更新なりがたし。
ま、過ぎたことはしかたない。

年度末決算で、慣れない会計やら何やらで、かかりきりになっていたこととか、当事務所の大家であるカン氏が4月に退職し、隣室にデスクを構えることになるなど、いろいろと変化が相次いだ。

カン氏の従兄弟ススム氏が、「まゆの里づくり協議会」(豊田美好会長)の事務局長として活動することになり、ちょっとだけど、それにも首をつっこんでしまった。
最初は、絹づくりの繭とか蚕とか、あるいは桑とか聞いても、全くピンと来なかったが、講演会なんかにぼんやりと顔を出しているうちに、だんだん興味が湧いてきた。
絹、シルクというと高級繊維という明るくリッチなイメージの一方で、女工哀史「あぁ野麦峠」のような暗く悲惨なイメージの二つが同時にあるが、近年では、シルクは繊維としてのみならず、食品や化粧品、医療の分野でもその用途が広く開発研究されてきており、重労働だった養蚕業も技術的な改良が進んできているともいう。
全く知らなかったのだが、実はシルクの元となる養蚕業と八戸周辺地域との関わりは深かったと聞いた。
現在は手入れもされず荒廃しているが、ほんの数十年前まで、この地域のあちこちで蚕飼料となる桑の木を植えていたのだそうだ。



5月下旬に、カン氏が大学生活を過ごした山形に、ススム氏と男3人で三泊四日の旅行に出た。
(名目は、カン氏定年退職の記念で、温泉宿泊券などを活用させてもらったのだが、これは本来、ご夫婦で使うものではなかったかと、この場を借りて奥様に深謝)。
もともとこの旅行の目的は、カン氏の旧知である長沢裕二氏が代表を務める山形フォーラム再訪と、仙台に戻った八戸工業大学建築学科の教授であった伊藤敬一さんの山荘訪問という二つであった。
しかしいき先々で、東北でただ一カ所残るシルク製糸工場(鶴岡市)を見学させてもらったり、同じ鶴岡市のまちづくり会社がオープンさせた映画館「まちなかキネマ」や庄内映画村資料館など養蚕工場跡地を再利用したのだったりとか、映画とシルクとの意外な関係には驚いた。


鶴岡で藤沢周平記念館、酒田の土門拳記念館に寄って、山形市内で一泊。フォーラム山形のカフェ・フォーラムで、長沢さんや、フォーラム八戸の開設に尽力した浦山さん、カン氏の友人細矢さんと再会する。
秋保温泉郷に休憩しながら、古川の伊藤山荘に向かう。
仙台から1時間という山荘の建つ場所は、山道をくねくねと入っていった先にあり、長靴姿の伊藤さんが出迎えに来てくれた。
600坪の敷地に建つ木造平屋は、手作り感に満たされているけれど、太陽光および太陽熱パネルを屋根に載せた素敵なものだった。
「(夫は)まるで自分が太陽光をやったように言うけど、私がやりたいって言ったのよ(笑)」と奥様がおっしゃる姿がほほえましかった。
行く先々で色んな方々にお世話になり、この山形旅行はかなり密度の濃い旅行となり、八戸に戻ってから、その印象をまとめきれないほどの強い印象となって今もある。


その2週後に、仙台の娘をたずねて、シルク・ドゥ・ソレイユ『コルテオ』公演と「井上雄彦〜最後のマンガ展」を一緒に観る。
久々に感動的な体験であり、これでまたしばらく生きられるという思い。
井上展は、現在、三日町に建設中の「はっち」のベースと目される施設だが、隣の芝生は青かった。
中心のストリートのあちこちでは「とっておきの音楽祭」というイベントが行われていた。


この3ヵ月間に、日刊青森建設工業新聞社の住まいの情報紙『陽だまり』第9号、第10号を編集制作。
今は、八戸観光コンベンション協会発行の『八戸三社大祭公式ガイドブック』の制作に関わっている。
ご多分にもれず、予算なし、期間なしのタイトな企画。
それでも各山車組を取材して回ると、熱くお祭りを語って止まない人々に出あうと、何とかいいものをつくりたいという気持ちにさせられる。
こういう熱い人たちがいるうちは、まだ何とか大丈夫だろうと思う。
が…いつまでもあると思うな金とお祭りバカ。(この場合の、バカは山車組の人たちが自ら言うようないみで肯定的に使っておりますので)。


これを7月の上旬までにデータをあげなくてはならないし、並行してこの前の(3月!)に書いたように冊子『ユキパル』の編集制作も進めている。
なかなか息のつけない状況であるけれども、旅行で出会った人々や風景、作品の記憶をエネルギー源にして突破していこうとぞ思ふ。

2010年3月2日火曜日

冊子企画と、「インビクタス」と


気がつけば(いつも気がつくのが遅いのだが)、もう3月になっていて、前の投稿から6週間! 
めぐる季節が早すぎる。めまぐるしくめぐるのでめげる(単なるコトバ遊びです)。
その間、そうだ!
とことん青森2010 in 原宿表参道のイベントで、八戸せんべい汁研究所の出展(1月23日・24日)があり、「陽だまり」第8号の発行にこぎつけ、北のコナモン博覧会のイベントとして日本コナモン協会の熊谷真菜会長のお好み焼き講習会の手伝いとか、えんぶり囃しをBGMにウロウロ、パタパタしていた。
その間に観た映画「アバター」とか「インビクタス/負けざる者たち」「おとうと」について書こうとしているうちにもう3月だ。
バンクーバー・オリンピックが終わる時に、チリで大地震があって大津波警報が出て、ひな祭りだし(関係ないけど)、年度末だし。
何一つ定まることなく次が始まるというのは世の定めと、分かってはいるつもりなのだけれど。時間よ止まれ、と言って止まるわけもないように、もっとスローライフをと願っても、単純にそうはならないよなぁ。
準備が万端整ってから物事を始めることなど、まずないと思った方がいいという気がする。

と、こじつけのようなことを書いておいてと。
冊子を作ることを決めました。
A5で16ページ程度なので、まさしく小冊子ですが、小が取れるように頑張って、遅くとも4月初旬には発行したいと考えています。
どんなものになるかは、実際に現物で。
人の「コミュニケーション」に、ずっと関心をもってきましたが、21世紀の今は、言葉の発達、文字の発見、印刷の発明に次ぐ人類史の画期的な時代ではないのかと感じています。
携帯電話の普及は、人と人との個人的関係を直接的なものにしたし、インターネットもまた地理的条件を超えて情報が飛び交う空間を造っています。
そして、さらにTwitter。
このアイテムがどのような可能性をもつのか分かりませんが、何だかすごいことになっているな、という感じだけは伝わります。
かような電子メディアの奔流の中で紙メディア発行は、ちょっとどうなんだろうな、という躊躇がありました(一度、失敗しているし)。
でも、万全の準備をしてから物事がスタートするということは理想であっても、必ずしも現実的ではないという話(何かで読んだか、聞いたか)に動かされ、企画し準備しているところなんです。
ふぅ(って今からこれじゃ先が…)。

クリント・イーストウッド監督の最新作「インビクタス/負けざる者たち」のことを書こうとしたのだった。
同監督の映画は、「グラン・トリノ」にやられて以来、これまで余り好きでもなかった過去の作品まで再評価中なのだが、今回の作品はアパルトヘイト問題を抱えた南アフリカ共和国とネルソン・マンデラ元大統領の闘いを描いている。
奇をてらわない監督の演出、モーガン・フリーマン、マット・デイモンらの演技力は無論だが、ラグビーのワールドカップ優勝という実話を通して、重いテーマをエンターテインメントとしても一級の作品に仕上げたことに製作者の優れたセンスが感じられる。
冒頭から、脳裏をよぎっていた映画があった。
同じくアパルトヘイトの南アフリカをテーマにした「遠い夜明け」(1987)。
南アフリカの現実をほとんど知らずに観たが、当時受けた鮮烈な感動を沸々と思い出された。
アパルトヘイトに抗して27年間の獄中生活を送ったマンデラ元大統領は、「遠い夜明け」公開時にすでに投獄されており、さらに23年(!)という長い年月を孤独に闘ってきたということになる。
「インビクタス」に感動したのは、明けない夜はない、とかいうことではない。
自由を求めるが故の孤独。その希求の強さと忍耐。
「平和」日本で育ったぼくにはそのどちらもない、か、あったとしてもないと同じように貧弱なものだ。

「赦しは、自由への一番たいせつな第一歩だ」

映画の中のこの言葉がね、忘れてはいけないものとしてずっと胸に残ったままで、これが深くて重いんだよね(作品そのものは難しいわけじゃなくて面白いから、ぜひ観てね)。

2010年1月12日火曜日

八戸イチロー化大作戦

2010年に入って、もう2週間近く。
昨年は、「北のコナモン博覧会」(1月9日から始まった)ガイドブックの取材やら、三春屋催事場の「八戸せんべい汁研究所の写真パネル展」(予算の都合で大判の紙プリントになった)の作製やらで、予算なし、期間なしの仕事に追い立てられて終わった。

めでたさも中ぐらいなりおらが春(一茶)の心境は、むしろ望むところだけれど、中ぐらいも何も、めでたさそのものがない…薄い。
商店関係者には叱られるかも知らないけれど、元日営業というものが、そもそもまだ納得できていない。
せめて元日ぐらい、みんな休もうよ。

今年12月に東北新幹線新青森駅開業を控えている折、新聞などによると、県でも市でも観光対策などに力を注ぐとしている。
(理由もなしに、「ゴジラ」が上陸する時の音楽が頭の中で再生されている。新幹線はゴジラを運んでくるのか?)
朝市・銭湯・横丁を取材調査しているので、観光について考えさせられる機会も多いのだが、年の暮れになってふっと「八戸はイチローを見習うべきだ!」と、またまたいい加減なことに思い至った。

八戸は「観光の目玉がない」と多くの人が言う。
色んな観光資源はあるが、それぞれコンパクトで、これという決定打がない。
青森はねぶた、リンゴというイメージがはっきりしているが、八戸にはズバリこれだというものがない、と。
その通りだなと思うし、異論は全くない。

ただ元々がへそ曲がり根性なので、「観光には目玉が必要なのか?」と内心イラッともしていた。
観光の鼻とか口とかはどうすんだよ?
観光は鬼太郎のオヤジか?(ここまで来ると悪ノリだが)
「あの人、いい人なんだけどはっきりしなくて、ちょっとゴメンナサイ」と体よく引かれているようで、気に入らない。

「種差だけではお客は呼べない」というマスコミ関係者や旅行業者もいた。
必ずしもそうではないのでは、と思う。

檀一雄の『火宅の人』の中に、逗留していた蔦温泉で「明日は、種差海岸あたりまで足をのばして云々」(というような)一文があって、驚いたことがあった。
また、かれこれ20年近くも前になるだろうが、放送作家の永六輔さんが八戸を訪れた際に、「へぇ、八戸って安藤昌益がいたところなんだ! だったら八戸の人はもっと(PRに)がんばんなきゃネ」と送迎のタクシーの中で話されたことがあった(その後、永さんは天聖寺で講演を行っているし、また関係者の尽力で八戸に安藤昌益資料館が開館した)。

著名な作家やタレントさんがその価値を知っていても、こちらがそれを知らないと言うことが実際にあるのだ。
もちろん自分も含めて、自分たちの尺度で観光を考えたってダメなんだ。
第三者から見れば宝に見えて、地元では邪魔なゴミだったりするかも知らないじゃない。
ゴミというと語弊はあるが。
もっと丁寧に見直せば、八戸の自然的あるいは文化的資源の中に多くの観光価値が見えてくると思う。
何も大観光地をめざす必要はないのだし、観光そのものの捉え方を変える必要がある(ってすでに多くの方がおっしゃっている)。
でも本当にそうなのだ。

そこで冒頭のテーマだけれども、なぜ八戸はイチローをめざすべきか?
イチローは、野球選手のスター像を変えたと思うから。
9年間連続で200本安打という1世紀ぶりに大リーグの記録更新をしたイチローは、ホームランこそが野球という風潮が強い中で、新しい野球選手のスタイルを作ったと思う。

観光面において八戸はホームランバッターではないかも知れないが、コンパクトな魅力を数多く放つ多面的で多彩な観光都市としてあればいい—。
居酒屋のカウンターでそんなことを思い巡らせているうち、「八戸イチロー化大作戦」などと言い始め、「ハチノヘ、イチロー、オモロー!」などと酔言を吐いて顰蹙を買った今年のお正月。