2010年8月15日日曜日

『バガボンド』に読み耽る

 部屋の壁に、A全判の井上雄彦のマンガ『バガボンド』のポスターを貼っている。
 5月に仙台で「井上雄彦〜最後のマンガ展」を観た時、買ってきたもので、青年期の宮本武蔵の顔のクローズアップ。猛々しさは潜めてはいるものの、その鋭い眼差しは知らずに夜中に見たら怖いだろうと思う。

 ところで、タイトルに読み耽ると入れたところで、“本を”読み耽るだったか、“本に”読み耽るだったか、迷ってしまった。
 ネット辞書で調べた結果、元は“に”読み耽るが正しく、今はどちらでも可ということらしい。
 やっぱり言葉って難しい。
「強さとは、本当に強くなってみるまでは ただの言葉」とは、「最後のマンガ展」のパネル。
「ことばは海に似ている。底に何があるかは深く潜ってみなければわからない」とも。
 言葉から受け取る意味やイメージは人それぞれに違っている、ということは、目の前のリアルが見る側によってそれぞれ違っているということでもあると思う。

『バガボンド』は、吉川英治『宮本武蔵』を原作に井上雄彦が12年にわたり描き続けているマンガで、単行本で現在33巻まで刊行されており、31巻まで読んだ。
 原作を読んではいないのではっきりとは知らないが、佐々木小次郎を聾唖の美少年と設定したことや宝蔵院胤舜(ほうぞういん いんしゅん)、野武士の辻風黄平(つじかぜこうへい、だったか?)などのキャラが、ジャニーズ系だったり現代風イケメンになっていて、完全に井上ワールドの宮本武蔵になっている。

 最初は、セリフやト書きの少ない絵だらけのマンガだな(というのもおかしいが)、しばらくその面白さがイマイチ実感できなかった。 
『この世に俺の名を知らぬ者なし」というぐらい強くなりたいと願った武蔵は、ひたすら強い相手を求め戦っていく。
「生命のやりとり」である真剣勝負では、首が切られ胴が切られ腕が飛び散り、一瞬にして生と死が分かたれる。
「読むマンガ」ではなく「感じるマンガ」というキャッチコピーそのままである。

 一乗寺下り松の決闘として有名な武蔵と吉岡一門との戦いは、中村(萬屋)錦之助主演の映画(ビデオ)でも観た。
 武蔵はまず幼い大将の吉岡源次郎を一刀両断して相手の気勢をそぎ、一門の剣豪たちを次々と倒して吉岡道場を壊滅させたというのが通説のようになっている。
『バガボンド』では吉岡一門70人と地獄のような斬り合いをする。
 生き残った武蔵は、再起不能なほどの深手を右足に負うことになり、勝負の意味について煩悶し、己を見つめ直しはじめる。
 敗者は闘いの場から去り、勝者のみにとって闘いが続く。負けるまで延々と。
 武蔵は沢庵和尚から「70人も斬ることになるのは何かが間違っているとは思わぬか? 人の命とは?」と問われる。
「勝ったのはどっちだ?」
 と聞く武蔵に、沢庵和尚は答える。
「勝った者はいない、そうじゃないかね?」
(『バガボンド』第29巻)

 以前、NHK総合のドキュメンタリー番組『プロフェッショナル〜仕事の流儀』の井上雄彦をたまたま見たが、一言のセリフに何日もかける姿に驚嘆した。
 生きている実感がもっとも得られて昂揚することがゲームの中にあるならば、生き死にをかけた「真剣勝負」はその極限であろう。
 存在をかけた究極の勝負に武蔵は挑み、天下一の武士として世に出たいと願っていたのだ。

 今の時代、スポーツやビジネスで、戦争を比喩にして語られることは多い。
 今年は南アフリカで、サッカー・ワールドカップ大会が開催されたが、勝者とはチャンピオンとなったスペインの1チームだけであり、あとの全てのチームは敗者だという言い方ができる。
 甲子園での全国高校野球選手権大会にしても、今年頂点に立った優勝校が次の年の勝者であることは希有だろう。
 永続的な勝者などいない。 
 ビジネスの世界にあっても、ゼロサムゲーム化が著しく進行中のグローバル経済の中で勝者は一握りの巨大な世界企業であり、あとの二番手以下の企業は敗者にしかならぬのであろうか?
 ルールがあるのかないのか分からない資本主義の競争の果てに一体何が残るのか?
 経済素人ながら、最強を目ざして闘いの螺旋にもがく武蔵の姿に、つい重ねて考えてしまったのである。

 一方で、井上がこだわっているのは「リアル」だと思う(『リアル』という作品もあるが、読んでない)。
 目の前に相手が真剣をもって臨んできた時に感じる空気感、威圧感、恐怖感を紙の上で体験しているのではないかと思う。
 作者は途中で「画(筆)と肉体を一体化させる」として、ペンから毛筆の面相筆に持ち変えてマンガを描いているという。
 唐突だが、ふと、感覚(サンサシオン)に言葉は邪魔だと画家のアンリ・マティスが言っていたことを思い出した(確か『画家のノート』)。

 解説的なようなことを書いているようでだんだん嫌になってきたが、「真剣」に生きることへの問いと意味を『バガボンド』から考えさせられていることを書きとめておきたかっただけ。
「天下無双〜この世に俺の名を知らぬ者なし」として強くなりたかった武蔵は、命をかけた勝負に勝ち続けて有名になったが闘いには終わりがない。
 その先に何があるのかは、リアルに見る者だけが知りうる世界のように思う。
 沢庵和尚は武蔵に「帰る場所をつくれ」と諭す。
 武蔵は(井上は)、反論する。
「『帰る』場所ならもうすでに在るはず……これからつくる場所に……どうやって『帰る』?」(『バガボンド』第29巻)。
 遠いなぁ……。